



【 189系 『 八トタ M51編成 』6両( JR東日本:上越線 長岡~高崎間 ) 】
JR東日本:東京都 八王子支社(豊田車両センター)が保持し、運行していた国鉄型189系『 八トタ M51編成 』です。鉄道マニアの間では、通称「 エム ゴジュウイチ 」「 エム ゴーイチ 」「ムゴイ」と呼ばれておりました。
信越本線L特急『あさま・そよかぜ』号でデビューし、長野新幹線開業後は余剰車となり、各車両センターを点々としてしまいますが、どの編成よりも早くJNRシンボルマーク復活と、国鉄標準特急色に塗り直され、残存する国鉄型車両の中でも、最後まで国鉄標準特急色を維持し続けた編成でもありました。
晩年は、豊田車両センターに転属し、波動運用・中央東線系統の臨時特急運用で主に活躍しました。 主に土日祝日や大型連休時には、臨時特急『 あずさ・かいじ 』号・臨時快速『 ホリデー快速富士山 』号・臨時快速『 山梨富士 』号として、往年の国鉄時代を思わせる走りで、ファンを盛り上げ楽しませてくれました。
上記写真は、東海道線:真鶴駅で、神奈川方面に折り返す「八トタ M51編成」を撮影してみました^^))
撮影当日は、日本旅行と神奈川新聞社が共同企画した団体臨時列車「2016年 189系で行く、神奈川満喫号!」(※ 通称:カナロコ臨!)が運行されていたので出撃^^))
カナロコ臨は、通常の旅客列車では、走行する事がない貨物線に入線し、1年に1回、神奈川県内を中心に駆け巡る電車のツアーのことです^^))
普段では見られない特急車窓からの眺めが満喫できる事と、特製の「かながわ」シール式ヘッドマークが掲出される為、多くの鉄道ファンに人気な列車です^^)) 2014年は、189系M52編成、2015年は、185系OM03編成、そして2016年度は、189系M51編成で運用されました^^))
当日は、横浜→(東海道線)→湯河原:折り返し→(東海道貨物線・南部貨物線・中央快速線・中央東線)→相模湖:折り返し→(中央東線・中央快速線・南武線)→浜川崎→(東海道貨物線)→鶴見→(京浜東北線)桜木町に着くルートでした^^))
そもそも普段では見られない『 かながわ 』ヘッドマークが出されて走行する為、貴重な一枚を撮ることが出来て、とても嬉しかった記憶があります^^))
同編成は、田町車両センター所属時に、東海道線の波動・臨時列車で活躍していた時期があります^^)) また、夜行列車『 ムーンライトながら 』号に使用されていたこともあり、東海道線を岐阜県 大垣駅まで、夜行列車として走行していた事もありました^^))
今回、久々に東海道線内を走行したことで、かつて国鉄型185系『 踊り子 』号が誕生する前に活躍していた、国鉄型183系L特急『 踊り子・あまぎ 』号が、日中に蘇ったような姿となったこともあり、多くの鉄道ファンが沿線で撮影しておりました^^))
同編成は、廃車されてから2021年5月で3年が経とうとしております~~));; 2021年3月のダイヤ改正時には、国鉄型最後の特急形式である185系の引退が発表されており、JR東日本管内に残る、全ての国鉄型特急電車は、全て消滅することになっております "0"))
昭和時代の良き思い出のある車両が、もう見られなくなると思うと、とても寂しいです~~));;
信越本線L特急『あさま・そよかぜ』号でデビューし、長野新幹線開業後は余剰車となり、各車両センターを点々としてしまいますが、どの編成よりも早くJNRシンボルマーク復活と、国鉄標準特急色に塗り直され、残存する国鉄型車両の中でも、最後まで国鉄標準特急色を維持し続けた編成でもありました。
晩年は、豊田車両センターに転属し、波動運用・中央東線系統の臨時特急運用で主に活躍しました。 主に土日祝日や大型連休時には、臨時特急『 あずさ・かいじ 』号・臨時快速『 ホリデー快速富士山 』号・臨時快速『 山梨富士 』号として、往年の国鉄時代を思わせる走りで、ファンを盛り上げ楽しませてくれました。
上記写真は、東海道線:真鶴駅で、神奈川方面に折り返す「八トタ M51編成」を撮影してみました^^))
撮影当日は、日本旅行と神奈川新聞社が共同企画した団体臨時列車「2016年 189系で行く、神奈川満喫号!」(※ 通称:カナロコ臨!)が運行されていたので出撃^^))
カナロコ臨は、通常の旅客列車では、走行する事がない貨物線に入線し、1年に1回、神奈川県内を中心に駆け巡る電車のツアーのことです^^))
普段では見られない特急車窓からの眺めが満喫できる事と、特製の「かながわ」シール式ヘッドマークが掲出される為、多くの鉄道ファンに人気な列車です^^)) 2014年は、189系M52編成、2015年は、185系OM03編成、そして2016年度は、189系M51編成で運用されました^^))
当日は、横浜→(東海道線)→湯河原:折り返し→(東海道貨物線・南部貨物線・中央快速線・中央東線)→相模湖:折り返し→(中央東線・中央快速線・南武線)→浜川崎→(東海道貨物線)→鶴見→(京浜東北線)桜木町に着くルートでした^^))
そもそも普段では見られない『 かながわ 』ヘッドマークが出されて走行する為、貴重な一枚を撮ることが出来て、とても嬉しかった記憶があります^^))
同編成は、田町車両センター所属時に、東海道線の波動・臨時列車で活躍していた時期があります^^)) また、夜行列車『 ムーンライトながら 』号に使用されていたこともあり、東海道線を岐阜県 大垣駅まで、夜行列車として走行していた事もありました^^))
今回、久々に東海道線内を走行したことで、かつて国鉄型185系『 踊り子 』号が誕生する前に活躍していた、国鉄型183系L特急『 踊り子・あまぎ 』号が、日中に蘇ったような姿となったこともあり、多くの鉄道ファンが沿線で撮影しておりました^^))
同編成は、廃車されてから2021年5月で3年が経とうとしております~~));; 2021年3月のダイヤ改正時には、国鉄型最後の特急形式である185系の引退が発表されており、JR東日本管内に残る、全ての国鉄型特急電車は、全て消滅することになっております "0"))
昭和時代の良き思い出のある車両が、もう見られなくなると思うと、とても寂しいです~~));;


1975年老朽化した国鉄181系の置換と輸送力増強を目的に、183系をベースに碓氷峠区間をEF63形電気機関車と協調運転が出来るよう開発された電車です。主に信越本線を走る『エル特急あさま』『エル特急そよかぜ』に充当されました。JR民営化後(バブル時代到来)には軽井沢行楽地への需要も見込まれ、並行する関越自動車道・上信越自動車道の高速バスと激しい顧客争奪戦を繰り広げる事となり、1990年 - 1992年に指定席車両のグレードアップ(デラックス)化改造を車体に施しました。1997年には長野オリンピック(1998年2月開催)を目前に、同区間を『長野新幹線(北陸新幹線:高崎~長野区間)』が開業。特急運用を新幹線に奪われてしまい、余剰となってしまった189系『あさま』編成の多くは、中央東線183系『あずさ』と共に活躍の舞台を中央東線へと移行しました。2002年に183系・189系『あずさ』がE257系に置換えられた際、またも余剰車となり各車両センターに引き継がれ、中間車は主に房総特急へ転用、制御車は編成組成され、主に各車両センターの波動輸送で運用されました。晩年、程度の良い189系車両が集められ、豊田車両センターに6両×3編成、長野車両センター6両×1編成が組成され、2018~2019年廃車になるまで波動用として最後の活躍を見せてくれました。


八トタ M51編成)・2013年10月12日~







同編成は、1975年から2018年までに幾つかの編成の組み替えにより登場した編成です。〖クハ189-508〗先頭車だけは、1991年にグレードアップ改造された車両で、窓が一般車に比べ大きくなり車内も豪華に改造されてます。2015年7月に先頭車前面、国鉄特急シンボルマークが復元。2018年3月には最後のラストラン直前に先頭車前面サイドにJNRロゴマークが描かれ、これで国鉄時代往年の姿が復活!!最後の最後でファンの人気を集めました。2018年4月27日に廃車回送を兼ねた団体臨時列車「さよなら189系 八トタ M51編成ラストラン」として、豊田駅→長野駅間で臨時運転され、この運行が同編成の最後の活躍となってしまいました。


〝①号〟先頭車【 クハ189-508 】は、1975年:189系L特急あさま号運用開始に伴いデビュー。老朽化した181系を置換えました。
1991年07月には、上信越自動車道の格安バスに対抗すべく、車両のグレードアップ化を図りました。 1997年10月には、長野新幹線開業が開業した事で、信越本線特急あさま号は運行廃止となり、中央東線臨時特急あずさ・かいじ号・新潟方面の波動運用で活躍。 2002年06月には、中央東線新型車両(E257系 0番台車)の登場により、中央東線特急あずさ・かいじ号から撤退、幕張へ転属。 2003年04月には、田町車両センター所属の14系座席客車や165系・167系急行型電車の変わりとして転属。 2013年03月には、田町車両センター廃止に伴い、東大宮車両センターへ転属。185系に特急運用を奪われ、主に波動中心で活躍。 2013年09月には、185系草津・あかぎ・水上号の運用減で波動用編成が増加、2014年に東大宮に転属予定の651系1000番台車に押し出される形で、豊田車両センターへ転属。 2018年03月には、定期運用離脱。同年4月に廃車回送ツアーが行われ、長野到着後、廃車となりました。
①クハ189-508)変遷
1975年07月03日:川崎重工業(兵庫工場)製造。新製配置は長野第一運転区。
1975年07月01日~(あさま・そよかぜ)
1975年11月19日~(あさま・そよかぜ・あずさ)
1985年03月14日~(あさま・あずさ)
1986年11月01日~(あさま・妙高)(12両→9両化)
①「 長ナノ N106編成 → 長ナノ N206編成」に改変。
1987年04月01日:\\\\\\\\\\(JNR)\\\\\\\\\\ 【 国鉄分割民営化 】//////////(JR)//////////
1988年03月13日~(あさま・妙高)(9両→11両化)
1991年07月上旬:長ナノN206編成:アコモ改善(デラックス車両化)
1993年12月01日~(あさま・そよかぜ・妙高)
1995年12月03日~(あさま)
1996年03月16日~(あさま・妙高)
1997年10月01日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・臨時信越リレー妙高)あさま廃止。
①「 長ナノ N206編成 → 長ナノ N204編成」に改変。
2000年12月02日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・臨時信越リレー妙高・みのり)
2001年12月01日~(あずさ・かいじ・臨時信越リレー妙高)
2002年03月22日:N204編成、中央東線 特急 定期運行 終了。
2002年05月16日:長野総合車両センター入場。
塗装変更:「新長野色 」→「 国鉄色」
2002年06月03日:長野総合車両センター出場。
2002年06月17日:長野総合車両センターから幕張車両センターへ転属回送。
2002年06月18日:長野総合車両センター → 幕張車両車両センターへ転属。
①「 長ナノ N204編成 → 千マリ C5編成 」改変。
2002年12月01日~(わかしお・さざなみ・ホームタウンわかしお・ホームタウンさざなみ
・おはようわかしお・おはようさざなみ・しおさい
・ホームタウンしおさい・おはようしおさい・新宿わかしお
・新宿さざなみ・ウイングエクスプレス)
2003年04月16日:幕張車両車両センター → 田町車両センターへ転属。
①「 千マリ C5編成 → 東チタ H82編成 」改変。
2003年04月17日~(波動運用・団体・臨時あずさ・修学旅行・中央ライナー
・ムーンライト信州)
2004年03月13日~(波動運用・団体・臨時あずさ・修学旅行・臨時ムーンライトながら)
①「 東チタ H82編成 → 東チタ H81編成」改名。
2011年11月中旬:H81編成→H101編成:(H102編成:ムーンライトながら運用時冷房故障)
①「 東チタ H81編成 → 東チタ H101編成」編入。
2012年10月08日:H101編成→H81編成:(H102編成:冷房故障終了)元の編成に戻る。
①「 東チタ H101編成 → 東チタ H81編成」編入。
2013年03月16日:田町車両センター → 東大宮車両センターへ転属。
①「 東チタ H81編成 → 宮オオ H81編成」改名。
2013年03月17日~(波動運用・団体・臨時あずさ・臨時ムーンライトながら・修学旅行
・ホリデー快速河口湖)
2013年09月25日:東大宮車両センター → 豊田車両センターへ転属。
①「 宮オオ H81編成 → 八トタ M51編成 」改変。
2013年10月12日:かいじ186号から運用開始。
(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ)
2015年03月14日~(波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山
・山梨富士)
2015年07月02日:先頭車の逆三角形特急シンボルマーク復元。
2016年07月01日:波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・
・ホリデー快速富士山・山梨富士・修学旅行)
2017年11月11日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速あたみ
・ホリデー快速富士山・山梨富士・快速富士マラソン)
2018年03月17日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・山梨富士)
2018年04月27日:団体臨時列車「189系M51編成ラストラン」号廃車回送ツアー長野行。
2018年04月28日:189系 M51編成 抹消登録。
2018年06月16日:重機で解体。




〝②号〟中間車【 モハ189-25 】〝③号〟中間車【 モハ188-25 】は、1975年:189系L特急あさま号運用開始に伴い、中間車モーター車としてデビュー。老朽化した181系を置換えました。 1992年11月には、上信越自動車道の格安バスに対抗すべく、車両のリフレッシュ座席交換を図りました。
1993年下旬には、パンタグラフ2基を有していたが、架線の損耗を抑える為、第2パンタグラフの使用を中止、1基のみに変更。 1998年09月には、中央東線内を走る183系一般特急車両のデラックス編成化と、自由席車の座席改善車の比率を高める為、松本車両センターへ転属。 1998年09月には、千葉地区・房総方面の臨時波動用として、幕張車両センターへ転属。 2003年03月には、田町車両センター所属の14系座席客車や165系・167系急行型電車の変わりとして転属。 2013年03月には、田町車両センター廃止に伴い、東大宮車両センターへ転属。185系に特急運用を奪われ、主に波動中心で活躍。 2013年09月には、185系草津・あかぎ・水上号の運用減で波動用編成が増加、2014年に東大宮に転属予定の651系1000番台車に押し出される形で、豊田車両センターへ転属。 2018年03月には、定期運用離脱。同年4月に廃車回送ツアーが行われ、長野到着後、廃車となりました。
②モハ189-25)変遷
③モハ188-25)変遷
1975年12月04日:川崎重工業(兵庫工場)製造。新製配置は長野第一運転区。
1975年12月05日:(あさま・そよかぜ・あずさ)
1975年11月19日~(あさま・そよかぜ・あずさ)
1985年03月14日~(あさま・あずさ)
1986年11月01日~(あさま・妙高)(12両→9両化)
②「 長ナノ N101編成 → 長ナノ N102編成」に改変。
③「 長ナノ N101編成 → 長ナノ N102編成」に改変。
※旧102編成:1997年10月~1998年7月(スーパーあずさ運用に入る)
1987年04月01日:\\\\\\\\\\(JNR)\\\\\\\\\\ 【 国鉄分割民営化 】//////////(JR)//////////
1992年11月下旬:長ナノN102編成:アコモ改善(リフレッシュ座席交換)
1993年12月01日~(あさま・そよかぜ・妙高)
1995年12月03日~(あさま)
1996年03月16日~(あさま・妙高)
1997年10月01日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・臨時信越リレー妙高)
1998年09月10日:長野総合車両センター → 松本車両センターへ転属。
②「 長ナノ N102編成 → 千マリ M1編成 」改変。
③「 長ナノ N102編成 → 千マリ M1編成 」改変。
1998年12月08日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・湘南新宿ライナー・湘南ライナー)
2002年07月01日~(あずさ・急行アルプス)
2002年11月30日:E257系 0番台車新製投入の為、松本車両センターでの運用終了。
2003年03月28日: 松本車両センター → 田町車両センターへ転属。
②「 千マリ M1編成 → 東チタ H101編成 」改変。
③「 千マリ M1編成 → 東チタ H101編成 」改変。
2003年03月29日~(波動運用・団体・臨時ムーンライトながら・修学旅行)
2004年03月13日~(波動運用・団体・臨時ムーンライトながら・修学旅行
・ホリデー快速河口湖)
2011年11月中旬:H101編成→H81編成:(H102編成:ムーンライトながら運用時冷房故障)
②「 東チタ H101編成 → 東チタ H81編成」編入。
③「 東チタ H101編成 → 東チタ H81編成」編入。
2012年10月08日:H81編成→H101編成:(H102編成:冷房故障終了)元の編成に戻る。
②「 東チタ H81編成 → 東チタ H101編成」編入。
③「 東チタ H81編成 → 東チタ H101編成」編入。
2013年03月16日:田町車両センター → 東大宮車両センターへ転属。
②「 東チタ H101編成 → 宮オオ H101編成 」改名。
③「 東チタ H101編成 → 宮オオ H101編成 」改名。
2013年03月17日~(波動運用・団体・臨時ムーンライトながら・ホリデー快速河口湖
・修学旅行・臨時あずさ)
2013年09月25日:② 東大宮車両センター → 豊田車両センターへ転属。
2013年09月26日:③ 東大宮車両センター → 豊田車両センターへ転属。
②「 宮オオ H101編成 → 八トタ M51編成 」改変。
③「 宮オオ H101編成 → 八トタ M51編成 」改変。
2013年10月12日:かいじ186号から運用開始。
(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ)
2015年03月14日~(波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山
・山梨富士)
2015年07月02日:先頭車の逆三角形特急シンボルマーク復元。
2016年07月01日:波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・
・ホリデー快速富士山・山梨富士・修学旅行)
2017年11月11日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速あたみ
・ホリデー快速富士山・山梨富士・快速富士マラソン)
2018年03月17日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・山梨富士)
2018年04月27日:団体臨時列車「189系M51編成ラストラン」号廃車回送ツアー長野行。
2018年04月28日:189系 M51編成 抹消登録。
2018年06月19日:重機で解体。




〝④号〟中間車【 モハ189-30 】〝⑤号〟中間車【 モハ188-30 】は、1975年:189系L特急あさま号運用開始に伴い、中間車モーター車としてデビュー。老朽化した181系を置換えました。 1993年09月には、上信越自動車道の格安バスに対抗すべく、車両のリフレッシュ座席交換を図りました。 1993年下旬には、パンタグラフ2基を有していたが、架線の損耗を抑える為、第2パンタグラフの使用を中止、1基のみに変更。 1998年10月には、中央東線内を走る183系一般特急車両のデラックス編成化と、自由席車の座席改善車の比率を高める為、松本車両センターへ転属。 1998年10月には、千葉地区・房総方面の臨時波動用として、幕張車両センターへ転属。 2003年03月には、田町車両センター所属の14系座席客車や165系・167系急行型電車の変わりとして転属。 2013年03月には、田町車両センター廃止に伴い、東大宮車両センターへ転属。185系に特急運用を奪われ、主に波動中心で活躍。 2013年09月には、185系草津・あかぎ・水上号の運用減で波動用編成が増加、2014年に東大宮に転属予定の651系1000番台車に押し出される形で、豊田車両センターへ転属。 2018年03月には、定期運用離脱。同年4月に廃車回送ツアーが行われ、長野到着後、廃車となりました。
④モハ189-30)変遷
⑤モハ188-30)変遷
1975年12月22日:川崎重工業(兵庫工場)製造。新製配置は長野第一運転区。
1975年12月23日:(あさま・そよかぜ・あずさ)
1985年03月14日~(あさま・あずさ)
1986年11月01日~(あさま・妙高)(12両→9両化)
④「 長ナノ N108編成 → 長ナノ N103編成 」改変。
⑤「 長ナノ N108編成 → 長ナノ N103編成 」改変。
1987年04月01日:\\\\\\\\\\(JNR)\\\\\\\\\\ 【 国鉄分割民営化 】//////////(JR)//////////
1993年09月下旬:長ナノN103編成:アコモ改善(リフレッシュ座席交換)
1993年12月01日~(あさま・そよかぜ・妙高)
1995年12月03日~(あさま)
1996年03月16日~(あさま・妙高)
1997年10月01日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・臨時信越リレー妙高)あさま廃止。
1998年10月07日:長野総合車両センター → 松本車両センターへ転属。
④「 長ナノ N103編成 → 長モト M10編成 」改変。
⑤「 長ナノ N103編成 → 長モト M10編成 」改変。
1998年12月08日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・湘南新宿ライナー・湘南ライナー)
2002年07月01日~(あずさ・急行アルプス)
2002年11月30日:E257系 0番台車新製投入の為、松本車両センターでの運用終了。
2003年03月28日: 松本車両センター → 田町車両センターへ転属。
④「 長モト M10編成 → 東チタ H101編成 」改変。
⑤「 長モト M10編成 → 東チタ H101編成 」改変。
2003年03月29日~(波動運用・団体・臨時ムーンライトながら・修学旅行)
2004年03月13日~(波動運用・団体・臨時ムーンライトながら・修学旅行
・ホリデー快速河口湖)
2013年03月16日:田町車両センター → 東大宮車両センターへ転属。
④「 東チタ H101編成 → 宮オオ H101編成 」改名。
⑤「 東チタ H101編成 → 宮オオ H101編成 」改名。
2013年03月17日~(波動運用・団体・臨時ムーンライトながら・ホリデー快速河口湖
・修学旅行・臨時あずさ)
2013年09月26日:長野総合車両センタ-へ回送。6両化。
東大宮車両センター → 豊田車両センターへ転属。
④「 宮オオ H101編成 → 八トタ M51編成 」改変。
⑤「 宮オオ H101編成 → 八トタ M51編成 」改変。
2013年10月12日:かいじ186号から運用開始。
(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ)
2015年03月14日~(波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山
・山梨富士)
2015年07月02日:先頭車の逆三角形特急シンボルマーク復元。
2016年07月01日:波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・
・ホリデー快速富士山・山梨富士・修学旅行)
2017年11月11日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速あたみ
・ホリデー快速富士山・山梨富士・快速富士マラソン)
2018年03月17日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・山梨富士)
2018年04月27日:団体臨時列車「189系M51編成ラストラン」号廃車回送ツアー長野行。
2018年04月28日:189系 M51編成 抹消登録。
2018年06月14日:重機で解体。


〝⑥号〟先頭車【 クハ189-10 】は、1975年:189系L特急あさま号運用開始に伴いデビュー。老朽化した181系を置換えました。
1991年07月には、上信越自動車道の格安バスに対抗すべく、車両のグレードアップ化を図りました。 1997年10月には、長野新幹線開業が開業した事で、信越本線特急あさま号は運行廃止となり、中央東線臨時特急あずさ・かいじ号・新潟方面の波動運用で活躍。 2002年06月には、中央東線新型車両(E257系 0番台車)の登場により、中央東線特急あずさ・かいじ号から撤退。幕張へ転属。 2003年04月には、田町車両センター所属の14系座席客車や165系・167系急行型電車の変わりとして転属。 2003年03月には、田町車両センター所属の14系座席客車や165系・167系急行型電車の変わりとして転属。 2013年03月には、田町車両センター廃止に伴い、東大宮車両センターへ転属。185系草津・あかぎ・水上号の運用減で波動用編成が増加、2013年09月には、2014年:東大宮に転属予定の651系1000番台車に押し出される形で、豊田車両センターへ転属。 2018年03月には、定期運用離脱。同年4月に廃車回送ツアーが行われ、長野到着後、廃車となりました。
⑥クハ189-10)変遷
1975年12月04日:川崎重工業(兵庫工場)製造。新製配置は長野第一運転区。
1975年12月05日~(あさま・そよかぜ・あずさ)
1985年03月14日~(あさま・あずさ)
1986年11月01日~(あさま・妙高)(12両→9両化)
⑥「 長ナノ N110編成 → 長ナノ N206編成」改変。
1987年04月01日:\\\\\\\\\\(JNR)\\\\\\\\\\ 【 国鉄分割民営化 】//////////(JR)//////////
1988年03月13日~(あさま・妙高)(9両→11両化)
1991年07月下旬:長ナノN206編成:アコモ改善(デラックス車両化)※ 同車両は、未改造。
1993年12月01日~(あさま・そよかぜ・妙高)
1995年12月03日~(あさま)
1996年03月16日~(あさま・妙高)
1997年10月01日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・臨時信越リレー妙高)あさま廃止。
⑥「 長ナノ N206編成 → 長ナノ N204編成」改変。
2000年12月02日~(あずさ・かいじ・急行アルプス・臨時信越リレー妙高・みのり)
2001年12月01日~(あずさ・かいじ・臨時信越リレー妙高)
2002年03月22日:N204編成、中央東線 特急 定期運行 終了。
2002年05月16日:長野総合車両センター入場。
塗装変更:「新長野色 」→「 国鉄色」
2002年06月03日:長野総合車両センター出場。
2002年06月17日:長野総合車両センターから幕張車両センターへ転属回送。
2002年06月18日:長野総合車両センター → 幕張車両車両センターへ転属。
⑥「 長ナノ N204編成 → 千マリ C5編成 」改変。
2002年12月01日~(わかしお・さざなみ・ホームタウンわかしお・ホームタウンさざなみ
・おはようわかしお・おはようさざなみ・しおさい
・ホームタウンしおさい・おはようしおさい・新宿わかしお
・新宿さざなみ・ウイングエクスプレス)
2003年04月16日:幕張車両車両センター → 田町車両センターへ転属。
⑥「 千マリ C5編成 → 東チタ H82編成 」改変。
2003年04月17日~(波動運用・団体・臨時あずさ・修学旅行・中央ライナー
・ムーンライト信州)
2004年03月13日~(波動運用・団体・臨時あずさ・修学旅行・臨時ムーンライトながら)
⑥「 東チタ H82編成 → 東チタ H81編成」改名。
2012年08月下旬:H81編成→H102編成:(H102編成:ムーンライトながら運用時冷房故障)
⑥「 東チタ H81編成 → 東チタ H102編成」編入。
2012年10月08日:H102編成→H81編成:(H102編成:冷房故障終了)元の編成に戻る。
⑥「 東チタ H102編成 → 東チタ H81編成」編入。
2013年03月16日:田町車両センター → 東大宮車両センターへ転属。
⑥「 東チタ H81編成 → 宮オオ H81編成」改名。
2013年03月17日~(波動運用・団体・臨時あずさ・臨時ムーンライトながら・修学旅行
・ホリデー快速河口湖)
2013年09月24日:長野総合車両センタ-へ回送。M51編成の先頭車に抜擢。
⑥「 宮オオ H81編成 → 八トタ M51編成 」改変。
2013年09月26日:東大宮車両センター → 豊田車両センターへ転属。
2013年10月12日:かいじ186号から運用開始。
(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ)
2015年03月14日~(波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山
・山梨富士)
2015年07月02日:先頭車の逆三角形特急シンボルマーク復元。
2016年07月01日:波動運用・団体・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・
・ホリデー快速富士山・山梨富士・修学旅行)
2017年11月11日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速あたみ
・ホリデー快速富士山・山梨富士・快速富士マラソン)
2018年03月17日~(波動運用・臨時あずさ・臨時かいじ・ホリデー快速富士山・山梨富士)
2018年04月27日:団体臨時列車「189系M51編成ラストラン」号廃車回送ツアー長野行。
2018年04月28日:189系 M51編成 抹消登録。
2018年07月23日:重機で解体。


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この記事へのコメント
信徳
車で片道2時間でしたが時々電車で行くことがあり「あさま」にお世話になりました。碓氷峠での電気機関車連結時に「峠の釜めし」を買うのが楽しみだった事を思い出しました。今では横川、軽井沢間が無くなり残念です。
おぎひま
この子は、やっぱりこの色がイイですよ。
「かながわ」のヘッドマークが違和感アリアリですが。。
「あまぎ」にも使われていたとは意外でした。
どうも、「あまぎ」は日光型のイメージが強いです。。
Shadom
こんにちわ^^)) いつもご訪問有難うございます^^))
仰る通りで、183系前期型は、東海道〝踊り子〟号、後期型は、上越線の〝とき〟号で使用されるために作られたのが最初だと言われます^^))
183系前期型(0番台車)は、お顔に貫通扉が付いており、後期型(1000番台車)は、貫通扉が付いてない耐雪耐寒タイプで登場したのが始まりなんです^^))
0番台車は、あまぎ→踊り子から→房総地区の特急に転属。
1000番台車は、ときから→信越あさま→中央あずさへ転属した感じです^^))
おぎひまさんの言うとおり、157系日光型が、あまぎとして長く活躍していたので、イメージが強いかと思われます^^)) 157系→183系に車両が変更されてからあまぎは、すぐに踊り子号に名前が変更されてしまいました。 そして数年後には、185系に置換わってしまい、183系0番台車は、千葉方面の電車となりました^^))
一方の後期型183系後期型ときは、上越新幹線開業で余剰車となり、189系あさまは、長野新幹線の開業で余剰車となり、183系後期型・189系とも千葉地区と中央東線へ転属し活躍しました。この頃は東京湾岸アクアラインが開通していなかったこともあり、千葉地区は特急が増発しておりニーズがあり、183・189系が集まっておりました。
その後、E257系0番台中央あずさ・かいじ、E257.500千葉房総方面の車両の登場により、183系、189系の多くが廃車となり、一部の程度の良い車両が、臨時・波動用として田町車両センター所属で、東海道線の団体専用で走ってましたが、後に廃車され、程度の良い車両が、最後に豊田車両センターに集められました^^))
国鉄型車両は、長生きなので、転属経歴が複雑しすぎますよね?^^));; そこらへんがとても面白いところなんです^^))
現在、八トタ M51編成の略歴を作成中ですので、次回参考にして頂けるとありがたいです^^))
Shadom
こんにちは^^))♪ いつもご訪問有難うございます^^))
仰る通りで、新幹線が出来てしまった在来線は、全て寂れてしまうのです~~));; 私個人の考えとしては、碓氷峠区間は、第三セクター化して無くさない方が良かったんではないか?と思います "0")) そこで重要になってくるのが群馬県は、高崎なのです^^)) 高崎は、重要なハブ拠点であり、首都圏から上越線(新潟・秋田方面)、信越本線(福井・金沢・富山・直江津・長野・軽井沢、松本方面)、両毛線(水戸線・常磐線・東北本線方面)、高崎線(首都圏方面)、吾妻線(渋川・草津温泉方面)と5つの路線が集結しているのです。
電車以外にも、貨物列車や配給列車も通る重要な路線である事から、高崎地区には機関庫が大きく作られました^^))
一番痛いのは、信越本線の軽井沢廃止なのです~~));;
長野には長野総合車両センターが有りますし、また名古屋・大阪、富山・金沢方面へ通じる重要な近道でしたから、通れなくなった事で、在来線を通る車両は、中央東線内を通らなければならなく、大回をすることになってしまいました~~));;
現在、碓氷峠を復活させる計画があるみたいですね@_@));;
トロッコ列車を走らせるとか^^))
実現して欲しいですね^^))
実現したら多くの鉄道ファンが訪れて、間違いなく軽井沢方面は、賑わうかと思います^^)) その際は、おぎのやのかけそばと釜めしが食べれたら最高なんですが^^))
OTSUKYON
いつもご訪問ありがとうございます。
私にはやっぱり189系特急色が好きですね、昭和の特急車は現在とは違う雰囲気を醸し出しています。
また、特製の「かながわ」シール式ヘッドマークが掲示されているのですね、素晴らしい、、撮り鉄さんたちは大感激でしょうね。
このHMがあるだけで、もう嬉しくなりますね。
Shadom
こんにちわ^^))♪ いつもご訪問有難うございます^^))
やはり国鉄特急と言えば、クリームと赤色ですよね^^))
「かながわ」ヘッドマークやってくれるんだったら、全国の直流区間を地域別のヘッドマークを作成し、波動用として最後に走ってもらいたかったですね~~));; M51編成は、全国最後の電気釜スタイル国鉄特急でしたから.....
現に、189系は関西の多客臨(甲子園臨)で使用されたこともあり、新長野色の183・189系が使用されたり、写真でご紹介のM51編成も、大垣まで、「ムーンライトながら」で、米原手前まで遠征していた経歴を持ち合わせている編成でした^^))
今思うと、動態保存で、残しておけばよかったんじゃないかな?と思います~~));; もう二度と撮れないのは残念です~~));;